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島田雄三の思い
 
この時期に思い出すこと10
 この前、高速道路をあっという間に改修したことを少し揶揄しすぎたかもしれない。その災害のすさまじさに、政府はあわてたのは確かなことだろう。そして何と、埃まみれの戦争直後の罹災都市借地借家特別臨時処理法を持ち出したのである。その淵源は関東大震災時の臨時措置法に由来するのである。急遽取り出して、震災全壊の借家人たちの地位を守ったのである。しかし、これは地位を守る以上のものであった。無から有を生じさせるものであった。借家人に借地人としての地位まで認めてしまったのである。地主が被災時の建物に変わる建物を再築したならば、借家人が優先的に入居できることにしてしまったのである。なかには奇特な地主もおられたのである。それは借地権を保障するどころか、地主が建物を再築して住まわせてしまったのである。土地の名義も変えたうえなのだ。それも、総て無償なのである。摩訶不思議なことで、贈与税が心配になるような事例だつたのである。やはり、人は仏様なのだろうか?当時裁判所は身構えていた。どっと、それこそ津波のように訴訟事件が押し寄せ、調停事件など、パンクしてしまうかもと。弁護士も紛争解決のADRセンターを立ち上げたのである。でも、結果的には気が抜けるほど静かであった。まるで拍子抜けしたのである。多少手荒い例もあるにはあったが、ほぼ粛々と片付いていったのである。それが、神戸だったからなのか?良く分からないのである。震災翌年には青年会が震災記念誌を発行している。『ゆれた街』という544ページの物である。その中にわたしの関わった「小さな大事件」という裁判記録が載っている。「事件はわたしの作成した内容証明郵便から始まった。相手方から内容証明郵便の返事がわりに仮処分申立書が届いた。審尋4回、最終は債務者が48万円費用負担することで、和解がかろうじて成立した。小さい事件と言えば小さいが、本人にとっては実に大きな事件と言える。地震はこのような事件を沢山起こしてしまった」と書かれている。内容証明郵便の写しや仮処分命令の申立書やそれに付帯する書面が載せられている。それを見れば、争いの趣旨がよく分かるのである。つまり二個一の建物の一つを取り壊したい、もう一つはそのまま存続したい。取り壊し希望なのが、わたしの依頼者である。取り壊されれば自分の家の存続が怪しと言う相手方がいた。やれ、屋根の上のシートを債務者が勝手に引き外したとか、行き違いが沢山あるようだ。結局双方の不信は募り、角突き合わせていたが、でも解決するしかないのである。相手方には弁護士がついている。こちら側はわたしが控室にいて、逐一打ち合わせをして、本人は調停室に戻るのである。審尋4回やっと合意に至った。相手方に48万円金員を差し上げ、その範囲を超えようが一切債権者側の自由としたのだ。解決したら当たり前だが、始めはどうなってしまうかと、荒波のもまれる船頭のような気持になった。いくら報酬を頂いたかは覚えていない。半分は司法書士会からの援助だったように思う。さらに仮処分事件はさらにあった。これは三宮の一等地にあった料亭の敷地のことである。上物は全壊、敷地の一部は借地権であった。建物が亡くなったのを幸いに隣地の所有者が自分の建物を建築しようと動き出したのだ。つまり地主さんである。ロープを張って地鎮祭もやっていた。調べたら建築確認もおりていたのだ。『すわ、たいへん』と、こちらが仮処分(工事中止)を申請したのである。今度はこちら側の主張でロープを張ったのである。いよいよ、審尋に入ったのだ。これもやはり4回はかかったと思う。相手方に弁護士が立っていたかどうかは記憶にない。結局、裁判官が和解の勧告をしてくれたのだ。ちょうど借地権の半分と半分の所有権とを引き換えるという。万々歳ではなかったが、その解決しかない。依頼者は満足してくれた。やはりもう一つ、仮処分事件を処理したのだが、詳細は忘れてしまった。ビルの地下の権利のことだったが?記録も当初は残っていたが、今になったら、あるのかないのか?も分からなくなってしまった。地震はわたしの人生そのものだが、今や血肉と消えてしまって、取り出すことは不可能になっている。そろそろ『この時期に思い出すこと』は、いったんこの辺りで幕を占めることにします。ありがとうございました。
2022,1,27(木曜日)
 
 
 
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